東京地方裁判所 平成10年(ワ)16800号 判決 1999年9月29日
主文
一 被告は、原告に対し、四九〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 前項の支払は供託の方法によりしなければならない。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
主文同旨(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日)
第二 事案の概要
一 本件は、債務名義に基づいて執行債務者の被告に対する建物新築工事残代金債権の債権差押命令を得た原告が、第三債務者である被告に対してその工事残代金の支払を求めたのに対し、被告が工事には瑕疵があるのでその瑕疵の修補まで残代金の支払を拒絶すると主張して争っている事案である。
二 争いがない事実など判断の基礎となる事実
1 原告は、建築、土木工事の設計、施工、管理等を目的とする株式会社であり、被告は、霊園事業等を目的とする宗教法人であり、株式会社美建工業(以下「訴外会社」という。)は、防水工事業等を目的とする株式会社である。
2 大翔建設株式会社(以下単に「大翔建設」という。)は、平成七年三月二八日、被告から左記内容の仮称鶴ケ丸会館(以下「本件建物」という。)の新築工事(以下「本件工事」という。)を代金一億七四〇〇万円で請け負った。
工事場所 埼玉県川口市大字芝字鶴ケ丸<略>
規模 地下二階、地上五階建
構造 鉄筋コンクリート造
建築面積 一一八・一三平方メートル
延床面積 六九八・三〇平方メートル
3 訴外会社は、平成八年六月一九日、被告から本件工事を代金八四〇〇万円で請け負い、大翔建設に代わって、請負人の地位を引き継いだ。
4 被告は、平成九年六月五日、訴外会社に前項の請負代金四五〇〇万円を支払い、訴外会社と被告とは、同日、本件工事の請負残代金を追加工事を含めて四九〇〇万円とし、これを本件工事引渡時に支払うことに合意した。
5 本件工事及び追加工事は、平成九年一〇月二五日頃完了し、同年一二月末頃、訴外会社から被告に引き渡され、被告は既に本件建物に入居し、平成一〇年一月一六日受付により本件建物の保存登記を経由し、また、同日受付により同日設定した株式会社富士銀行に対する極度額二億〇五〇〇万円の根抵当権設定登記を経由した。
このように、本件工事は、当初予定された最終の工程まで一応終了し、本件建物は、社会通念上の建物として完成し、引き渡された。
<証拠略>
6 原告は、平成一〇年四月三日東京地方裁判所に対し、同地方裁判所平成一〇年(ル)第二七〇二号により、訴外会社に対する東京地方裁判所平成九年(ワ)第二四五二三号保証債務等請求事件の執行力ある判決正本に基づき、訴外会社が第三債務者である被告に対して有する別紙差押債権目録<略>の債権三九九五万七九三〇円について債権差押命令を申し立てたところ、同地方裁判所は、同年五月一日債権差押命令を発し、その正本は債務者である訴外会社に同年五月一一日に、第三債務者である被告に同年五月二日に、それぞれ送達された。
なお、原告は、これより前、東京地方裁判所平成九年(ヨ)第六七一二号債権仮差押命令申立事件により、別紙差押債権目録<略>の債権のうち三九一八万六三九八円について、同年一一月一九日に仮差押決定を得ており、被告は、同年一〇月二八日に訴外会社の別の債権者であるトークシステム株式会社から別紙差押債権目録に示された請負代金全体八四〇〇万円のうち四九〇〇万円の範囲で仮差押をする旨の同地方裁判所同年(ヨ)第六二三九号の仮差押命令の送達も受け、他の二件と併せて合計四件の仮差押命令の送達を受けていた<証拠略>。
三 実体上の争点
本件の実体上の主要な争点は、次のとおり、本件工事には瑕疵があるから、その修補まで請負工事残代金の支払を拒絶するとする被告の主張が認められるかどうかであり、より具体的には、本件工事には瑕疵があるとする被告の主張の当否と被告が本件において瑕疵修補まで請負工事残代金の支払を拒絶することは信義則違反又は権利の濫用として許されないとする原告の主張の当否である。
(被告の主張)
1 被告と訴外会社とは、本件工事の要素の一つとして、本件建物一階外壁部分を天然御影石張りとすることを約した。
ところが、訴外会社は、一階外壁の御影石張り工事を全く行っていない。
2 被告と訴外会社とは、本件工事の要素の一つとして、本件建物南側の隣地との境界に強度、形状、材質等の仕様が本件建物北側の隣地との境界上の擁壁と同様の、高さ最高部分約四メートル、厚さ約一五センチメートル、建物一階外壁部分から道路境界までの幅のコンクリート製擁壁を設置することを約した。
ところが、訴外会社は、右建物南側境界の擁壁工事を全く行っていない。
なお、敷地南側にコンクリートブロックが現存するが、これは訴外会社が被告に無断で設置したものであり、契約内容が変更されたわけではない。
3 被告と訴外会社とは、本件建物の隣地との北側及び南側の境界上擁壁内側全面を天然御影石張りとすることを約した。
ところが、訴外会社は、隣地との境界の擁壁内側部分の御影石張り工事を全く行っていない。
4 そこで、被告は、平成九年一二月二四日、訴外会社に対し、前記1ないし3の瑕疵の修補請求をした。
5 他に、本件工事には、瑕疵がある。
すなわち、本件工事には、本件建物に夜間電力利用の電気温水器を設置し、全館への温水供給システムを設置することが含まれていた。
そして、訴外会社の下請業者である高瀬工業株式会社(以下単に「高瀬工業」という。)は、設計図面に従って、夜間電力利用の電気温水器の配管工事を施工した。
ところが、本件建物のうち特定の階で温水を利用すると、他の階においては使用できないことが判明した。この不具合は、訴外会社による設計の過誤に基づくものである。
これについて、被告は、平成一〇年一月中旬、訴外会社に温水器の設置又は配管工事の施工のやり直しを請求した。
6 したがって、被告は、瑕疵の修補まで請負工事代金の支払を拒絶する。
7 なお、被告がその瑕疵の修補まで残代金全額の支払を拒絶しても、次の事実を考えれば、信義則違反又は権利濫用の謂われはない。
すなわち、第一に、擁壁未設置及び御影石張りの未施工の瑕疵を補修するための費用は合計二〇一三万九〇〇〇円にも達する。仮に原告の見積書に依拠しても、それは、いわゆる孫請会社の見積であるから、対訴外会社の関係では、一回に経費一〇パーセント、利益三パーセントないしは一〇パーセント、合計で一三パーセントないし二〇パーセントを上乗せすべきであり、これを二回上乗せすべきである。第二に、擁壁部分の瑕疵は、修補に約二か月を要し、短期間で修補することができない。第三に、被告の宗教活動が工事瑕疵により、長期間不能とされた。第四に、工事の瑕疵は被告に多大な金銭的損害を与えたが、見積もられる瑕疵修補期間だけでも、二〇〇〇万円に達する。第五に、訴外会社による本件工事の不備により、近隣住民から苦情があり、被告は解決金の支払を余儀なくされた。第六に、訴外会社は、平成九年一二月に至るまでことさらに被告に契約内容を開示しようとしなかった。第七に、訴外会社は、本件建物引渡後も、被告との連絡を不能としている。第八に、本件建物には建付不備のため、戸、障子の開閉が不十分であるなどの細かい瑕疵がある。第九に、本件建物の完成引渡も当初は平成八年二月二九日であったのが、最終合意の平成九年九月三〇日より遅延した平成九年一二月となり、結局一年一〇か月も遅延した末に、瑕疵がある。
なお、確かに被告は債権差押命令申立事件における第三債務者の陳述として瑕疵による損害賠償額を控除した請負残代金を支払うと述べたが、これは裁判所に向けた陳述であり、同時履行の抗弁権を自ら放棄したものではないし、損害賠償請求権を選択したものでもない。
(原告の主張)
1 被告の主張1の事実は否認する。
本件工事の契約において一階外壁部分を御影石張りとすることは約束されていない。すなわち、建築設計図面(乙第一号証)には凡例にある「D ミカゲ石貼り」の該当箇所はなく、むしろ、本件工事に係る設計概要書・外部仕上表(甲第七号証)には「外部仕上 ヨウ壁 コンクリート打放シ補修ノ上ミカゲ石調吹付材」と指示されており、また、設計図書の西側立面図(乙第一号証の三)においても一階外壁部分がCとされ、「凡例 C コンクリート擁壁ノ上人工大理石砂吹付」とされている。
2 同2の事実は否認する。
現在本件建物の敷地の南側の隣地との境界にはブロック塀が設置されているが、これは新しく設置されたもので、訴外会社と被告との合意によりコンクリート壁からブロック塀に変更されたと推定される。
3 同3の事実は否認する。
4 同4の事実は否認する。この事実を裏付ける証拠はない。
5 同5の事実は否認する。
6 仮に本件工事に瑕疵があったとしても、瑕疵修補まで代金支払を拒絶するとの同時履行の主張は信義則違反又は権利濫用として許されない。
すなわち、被告が主張する瑕疵があるとしても、それによる被告の損害の額は残工事代金四九〇〇万円と比較して極めて微少である。そして、被告は、その瑕疵を理由に工事代金と相殺することができる。また、訴外会社は、平成九年一一月支払資金の手当ができず事実上倒産し、建築施工能力を失い、同年一一月二一日解散決議をして清算手続に入っていたのに、被告は工事完成引渡時に支払うべき残代金四九〇〇万円の支払をしないまま、本件建物の引渡を受け、その保存登記を経由し、金融機関に抵当権等を設定し、既に入居して経済的、現実的に本件建物を使用してきている。さらに、被告は、債権差押命令申立事件における第三債務者の陳述として瑕疵による損害賠償額を控除した請負残代金を支払うと述べて、瑕疵について損害賠償請求を選択し、相殺を主張していた。このような諸点から、被告が瑕疵修補との同時履行の主張をすることは信義則違反又は権利濫用として許されないというべきである。
なお、被告の主張7の主張において根拠として主張されている事実は争う。そのうち、第一の修補費用は、たかだか、南側隣地との境界の擁壁工事が一〇八万円、隣地との北側及び南側境界上擁壁内側工事が吹付塗装であれば八一万九〇〇〇円、御影石張であっても二九八万円である。第二ないし第四の修補期間、それによる被告の損害の点は、瑕疵修補に期間を要するからといって、被告の宗教活動が不能となり、被告に損害が生ずる理由はない。被告が損害と称するものと瑕疵とはすべて因果関係がない。
四 訴訟手続上の争点
本件には、次の訴訟手続上の争点もある。
(原告の主張)
前記三の被告の主張5の工事瑕疵の主張は、時機に後れた攻撃防御方法として民訴法一五七条により却下されるべきである。
すなわち、右の主張は、本件において、弁論準備手続が行われて争点整理がされ、証拠調べが終了した後にされたものであり、これにより訴訟の完結を遅延させるものであり、被告には故意又は重大な過失がある。
(被告の主張)
前記三の被告の主張5は、元々被告が訴外会社の下請業者である高瀬工業に調整、修理等を依頼しており、同社との間で解決すると考え、訴外会社との関係では瑕疵修補の対象とならないと考えていたため、提出できなかっただけであり、時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきではない。
第三 争点に対する判断
一 建物南側の境界の擁壁工事に係る瑕疵の主張(前記第二の三被告の主張の2)について
<証拠略>と弁論の全趣旨によれば、被告と訴外会社とは、訴外会社が本件工事の一部として本件建物の敷地南側の境界線付近にコンクリート製擁壁を設置することを合意し、訴外会社は、中山建設株式会社(以下単に「中山建設」という。)に本件工事のうち他の工事とともにこの南側境界線付近の擁壁工事を下請発注し、中山建設は、更に三榮建設株式会社(以下単に「三榮建設」という。)にこの工事を孫請発注したが、中山建設の倒産により、この工事は結局未施工のままであること、右の南側境界線付近のコンクリート製擁壁工事を施工した場合、その下請費用は後記コンクリートブロック塀解体費用を除き一〇八万七四八〇円と見積もられること、一般に本件工事程度の下請工事においては経費として一〇ないし一五パーセント、利益率三ないし一〇パーセントが加えられること、なお、訴外会社は、右の境界線付近に被告との合意に基づくコンクリート製擁壁に代わってコンクリートブロック塀を設置したが、このブロック塀の設置は特に被告の了解に基づいていないこと、このブロック塀の解体工事費用は二五万円と見積もられることが認められる。
右の認定事実によれば、本件建物の南側境界には合意に基づいてコンクリート製擁壁を設置すべきであるのに、現実にはコンクリートブロック塀が設置されているのであるから、本件工事にはこの点で瑕疵があるというべきであり、コンクリートブロック塀を撤去してコンクリート製擁壁を設置するために一般の発注者が業者に発注してその瑕疵修補に要する代金額は、解体費用二五万円と下請費用一〇八万七四八〇円とを加えた一三三万七四八〇円に経費及び利益を多めに見込んだ二五パーセントを加えた一六七万一八五〇円と認めるのが相当である。
二 一階外壁部分並びに隣地との北側及び南側の境界上の擁壁内側全面天然御影石張り工事に係る瑕疵の主張(前記第二の三被告の主張1及び3)について
<証拠略>、被告代表者尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)と弁論の全趣旨によれば、前記第二の二4のとおり、被告と訴外会社とが平成九年六月五日に追加工事を含めて請負残代金を四九〇〇万円と合意した際に交わした覚書(甲第三号証)には、本件工事の内容は本件契約添付の図面及び仕様書のとおりとすることがうたわれていた(4項)こと、右合意前に被告には図面及び仕様書が交付されていたこと、飛島建築設計事務所作成の「(仮称)小松邸ビル新築工事」と題する本件契約の添付図面(乙第一号証の三)には、凡例欄に「D ミカゲ石貼り」の記載があるものの、図面中に「D」と示された部分は全く見当たらず、かえって、凡例欄に「C コンクリート擁壁ノ上人工大理石砂吹付」の記載があり、図面上本件建物西側立面図の一階外壁部分はこれに対応する「C」との表示があること、その図面上には、本件建物の北側及び南側に本件建物に接して付設される擁壁も図示されているが、この擁壁の部分には、「D」どころか「C」の表示もされていないこと、三榮建設は中山建設から右の図面の外に本件建物の仕様書として飛島建築設計事務所作成の「設計概要書・外部仕上表」と題する書面(甲第七号証)の交付も受けたが、その書面上には、「外部仕上」の欄に「ヨウ壁 コンクリート打放シ補修ノ上ミカゲ石調吹付材」と表示されていること、そのため、三榮建設は一階外壁部分の仕上工事は吹付タイル石目調のものと理解し、中山建設に対してその仕上工事として吹付タイル石目調として見積書を提出したこと、一階外壁部分の仕上げ工事は、本件工事中の他の工事とともに、訴外会社から中山建設に下請発注され、更に中山建設から三榮建設に孫請発注されたが、中山建設の倒産により、施工されないまま終わったこと、一階外壁部分の吹付タイル石目調の仕上下請工事には八一万〇九〇〇円を要すると見積もられる(なお、この部分の仕上下請工事を御影石張りによった場合でもその額は二九八万〇八八〇円と見積もられる。)ことが認められ、被告代表者尋問の結果中この認定に反する部分は採用することができない。
この認定事実によれば、本件契約において、本件建物の一階外壁部分は石目調の吹付タイル仕様とすることが合意され、隣地との北側及び南側の境界上の擁壁内側については特に別個の仕上げ工事をする合意はなかったと推認することができる。
もっとも、被告は、被告と訴外会社とは、一階外壁部分並びに隣地との北側及び南側の境界上擁壁内側全面を天然御影石張りとすることを合意したのに、訴外会社はその合意に沿った工事を行っていないと主張し、被告代表者は、乙第三号証、第五、第六号証及び代表者尋問において、この主張に沿うように、被告が大翔建設に本件工事を請け負わせた際に、大翔建設は、仕様書の「御影石張り」との記載を示して説明した上、本件建物の外壁及び擁壁を御影石張りとすることを約束し、その約束は訴外会社に引き継がれたとの趣旨の供述をしている。
しかしながら、本件において被告代表者の供述するような記載のある仕様書は書証として提出されておらず、前記認定の被告に交付された図面及び仕様書の記載と対比すると、被告代表者の右の供述は採用できない。
そして、以上の検討の結果に前記一における認定事実を併せれば、一階外壁部分の仕上げ工事は未完成であり、本件工事にはその点において瑕疵があるということができ、一般の発注者が業者に発注してその瑕疵修補に要する代金額は、吹付タイル石目調の仕上下請工事に見積もられる八一万〇九〇〇円に経費及び利益を多めに見込んだ二五パーセントを加えた一〇一万三六二五円と認めるのが相当である。
三 時機に後れた攻撃防御方法としての却下の主張(前記第二の四の原告の主張)について
前記第二の三の被告の主張5の工事瑕疵の主張(以下「被告の5の主張」という。)は、本件の第四回口頭弁論まで全く主張されていなかったのに、その後提出された被告の平成一一年八月二三日付準備書面に突如として現れ、この準備書面は同年八月二三日に開かれた第五回口頭弁論期日において陳述されたものの、その主張に係る証拠は、同年八月一八日付の被告代表者の陳述書の外には、関連性の示されていない「シマダ企画建設」作成名義の見積書である乙第九号証以外には提出されていないこと、本件は第三回口頭弁論期日において弁論準備手続に付され、五回にわたる弁論準備手続が行われ、争点整理がされて弁論準備手続が終結されたこと、第四回口頭弁論期日において、弁論準備手続の結果が陳述され、それまでの当事者の主張に基づいて争点に関する裁判所の整理案が当事者双方に示された上、証人青柳敏美と被告代表者の集中証拠調べが行われたが、続行されて第五回口頭弁論期日に至ったことは、本件記録により明らかである。そして、被告代表者の陳述書である乙第八号証には、従前から被告には、被告の5の主張に係る瑕疵は判明していたが、高瀬工業との関係で解決すると考えて、この主張をしなかったとの記載があり、また、前記のとおり、被告は、被告が平成一〇年一月に訴外会社に対し温水器の設置又は配管工事の施工のやり直しを請求したことを主張している。
これらの事実によれば、被告の5の主張は、被告側によれば事実関係が本訴提起前から判明していたというにもかかわらず、本件において、弁論準備手続が行われて争点整理がされ、集中証拠調べが終了した後に初めて主張されたものである。そして、被告の5の主張について今後審理する場合を想定してみると、この主張に係る瑕疵の内容殊に設計の瑕疵の内容は、具体的に十分に特定されているとはいえないから、まずその具体的特定をする必要があり、その上で、特定されたものの立証があるかどうか、その立証されたものがそもそも工事の瑕疵といい得るかどうか、瑕疵といい得るとしてその損害額はいくらと評価すべきかをめぐって、相当の期間にわたる審理を要することが明らかである。
そうすると、被告の5の主張は、被告の故意又は重過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法というべきであって、それに関する審理により本件訴訟の完結が遅延させられることは必至であるから、民訴法一五七条により却下すべきである。
四 瑕疵修補請求権に基づく同時履行の抗弁権の信義則違反又は権利濫用の主張(前記第二の三原告の主張6)について
請負契約において、仕事の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、請負人に対し、民法五三三条に基づいて請負代金残額の全部について支払を拒絶することができるが、その場合であっても、瑕疵の程度、契約当事者の態度等に鑑み、瑕疵の修補まで代金残額の全部の支払を拒むことが信義則に反すると認められるときは、支払を拒絶することは許されないと解するのが相当である(なお、最高裁第三小法廷平成九年二月一四日判決判時一五九八号六五頁、福岡高裁平成九年一一月二八日判決判時一六三八号九五頁参照)。
そこで、本件の訴訟資料を精査してみると、<証拠略>、被告代表者尋問の結果と前記一及び二の検討の結果、前記第二の二の認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本件工事の残代金の額は四九〇〇万円であるのに対し、本件において存在が証明された瑕疵の修補工事は、技術的に特別の業者にしか施工できない難しい工事ではなく、一般の発注者が業者に発注してその瑕疵修補に要する代金額は、前記一の一六七万一八五〇円と前記二の一〇一万三六二五円との合計額二六八万五四七五円に留まること、訴外会社は、平成九年一一月支払資金の手当ができず事実上倒産して建築施工能力を失い、同年一一月二一日解散決議をして清算手続を開始したこと、被告は、訴外会社の倒産を知り、また、前記第二の二6に明記された二件の債権仮差押命令の送達を受けた後、残代金について債権者に対抗し得る支払、供託をしないまま、同年一二月末頃、本件建物の引渡を受け、入居を果たして本件建物を使用しており、さらに、平成一〇年一月一六日に本件建物の保存登記を経由し、同日本件建物に根抵当権を設定して金融機関から融資を受けたこと、本件建物は外観上も既に中高層建築物として十分に完成していること、被告は、前記第二の二6記載の債権差押命令の送達直後、第三債務者として執行裁判所である東京地方裁判所に対し平成一〇年五月三日付の陳述書を提出したが、その陳述書中で、「目的物などに瑕疵ある場合には損害賠償請求権を控除し確定した額」の範囲で本件工事代金を弁済する意思がある旨を記載したこと、被告では、主として、訴外会社の複数の債権者から本件工事代金が仮差押を受けたことから、触らぬ神に祟りなしなどと考えて、本件建物の瑕疵を他業者に発注して修補をしようとしなかったにすぎないこと、被告は当裁判所からの再三の釈明に対して本件建物の瑕疵による損害賠償請求権を自働債権とする相殺の主張をしないと言明していることが認められる。
この認定事実によれば、本件建物は既に立派に完成しているといえること、被告が瑕疵修補請求をすべき相手方の訴外会社は既に倒産し、訴外会社に対する瑕疵修補請求の現実的可能性は失われていること、本件工事の瑕疵修補は特に難工事でなく、他の業者に発注して行わせることが可能であり、瑕疵修補に要する代金額も請負残代金の額と比して大きくはないこと、被告は、債権差押命令に対する陳述において執行裁判所に対し、損害賠償請求権を相殺されれば支払う意向を表示したこともあるのに、本訴においては、些細なことを論い、特に説得力のある理由も示さないまま瑕疵修補との同時履行に固執して瑕疵による損害賠償請求権による相殺をしようとしないことが明らかにされている。
そうすると、被告は訴外会社の債権者に対して請負残代金全額の支払を拒むために、現実的にはおよそ実現可能性の乏しい訴外会社に対する瑕疵修補請求権を持ち出して同時履行の抗弁をしようとしていると推認するほかはなく、被告によるこの同時履行の抗弁権の行使は信義則に反して許されないというべきである。
なお、この点に関して、被告は、本件工事の瑕疵のため、被告の宗教活動が長期間不能とされ、被告に多大な金銭的損害が生じたと主張しており、被告代表者は、被告には事務所及び住居としては別の建物があり、本件建物を専ら葬儀場として使用する予定であり、完成していたら本件建物を使用して月額三二五〇万円の収入が見込まれたのに、本件建物は瑕疵のため葬儀場として使用できないと供述する。しかし、そもそも本件において被告代表者が供述するような収益が見込まれることを裏付ける証拠は全く見当たらないし、また、それほどの収益が見込めるのであれば、被告は訴外会社による修補を待たないで何をさておいても第三者に依頼して自ら瑕疵修補をして当然であるのに、被告がそのような行動に出たことを示す証拠もなく、<証拠略>によれば、もともと飛島建築設計事務所が作成した本件建物の仕様書、図面には、いずれも「(仮称)小松邸ビル新築工事」との工事名称が記載されていること、平成一〇年九月頃等に撮影された本件建物の写真によっても、本件建物には白色のカーテンが付されるなど明らかに居住の要に供されていることを示す徴憑があることなどの事実と対比すると、被告代表者の供述は信用することができず、被告のこの主張は採用できない。他に被告による同時履行の抗弁権の行使が信義則に反するとの判断を左右するに足りる事実があることを窺わせる証拠は見当たらない。
第四 結論
以上によれば、原告の請求は理由がある。
(別紙)差押債権目録<略>